RSS
東日本大震災で被災された方々やそのご家族・関係者の皆様には心からお見舞い申し上げます。
当震災の影響により、現在お荷物を通常どおりお届けできない地域がございます。何卒ご了承くださいませ。
◆詳しくはコチラの情報をご覧ください=> 現在のヤマト運輸の運営状況

てぃだ工房

てぃだ工房の紹介

2006年10月初旬訪問
琉球ガラスてぃだ工房」 代表 : 兼次 正也 さん

てぃだ工房沖縄本島中部、恩納村。万座毛の近く、美しい東シナ海を目前にする国道58号線沿いに、てぃだ工房はあります。当工房のスタッフは、三人兄弟を中心とする、ほぼ全員がご家族という、アットホームで温かい雰囲気のある工房です。そのせいでしょうか、いつもお客様でいっぱいです。特に、琉球ガラス製作体験に来られるお客様が多いようです。実は、私も以前、こちらで体験をさせていただきました。工房には、売店が併設されていますので、こちらで琉球ガラスを購入することもできます。そんな素敵な工房の職人代表である、ご長男の兼次正也(かねしまさや)さんと、ご次男の直樹(なおき)さんに、お話を伺いました。

(以下、てぃだ工房=、スローアイランド店長=

てぃだ工房

てぃだ工房

てぃだ工房

てぃだ工房

てぃだ工房
店: 琉球ガラス作りをはじめたのはいつですか?その理由、きっかけなどは?

て: 始めたのは子供の頃からです。その理由は、琉球ガラス作りが私たちの生活の一部であったからです(笑)

店: 「てぃだ工房」の名の由来はなんですか?

て: 太陽のことを沖縄方言で「てぃだ」と言うのですが、この太陽のように、明るい工房になるように、と思ってつけました。

店: どのような思いで琉球ガラスを作られていますか?

て: 日常生活で使いやすく、また、食卓や生活が明るくなるように、という思いで作っています。

店: てぃだ工房さんにとって、琉球ガラスとはなんですか?

て: う〜ん、自分たちを表現する物、ですね(笑)

店: 今後、どのような作品を作られたいですか?琉球ガラス作家としての夢などあれば、お聞かせください。

て: てぃだ工房を立ち上げて、3年目になりましたが、実は、工房のカラーがハッキリとは決まっていないんですよ(苦笑) なので、今後については、まだなんとも言えない状況なんです。ですが、より良い商品を作り続けたいという気持ちは常に持っています。

店: 最後に、お客様へメッセージをお願いします。

て: これからも、より良い琉球ガラスを作っていきますので、よろしくお願いいたします!

店: どうもありがとうございました!
 < プロフィール : 兼次 正也 >

1967年 恩納村出身
1985年 共栄ガラス工房入社
1999年 恩納ガラス工房入社
2000年 恩納ガラス工房 工場長を務める
2004年 琉球ガラス てぃだ工房設立
てぃだ工房
 < プロフィール : 兼次 直樹 > 沖縄県認定工芸士

1969年 恩納村出身
1985年 共栄ガラス工房入社
1994年 燦工房入社
1996年 琉球ガラスの郷入社
2001年 晴天工房入社
2004年 匠工房入社/沖展入選
2005年 沖展入選
2006年 てぃだ工房入社/沖展入選、奨励賞受賞
2009年 2008年度沖縄県工芸士認定
てぃだ工房



2007年7月 パレット久茂地にて開催の工房展の様子

去る7月17日〜23日の7日間、パレット久茂地7階美術サロンにおいて、「琉球ガラスてぃだ工房展」が催されましたので、その時の様子を少しだけ紹介します。

てぃだ工房

てぃだ工房

てぃだ工房

てぃだ工房

てぃだ工房

てぃだ工房

てぃだ工房

てぃだ工房

てぃだ工房


てぃだ工房
当日担当のてぃだ工房の皆さん

とんぼ玉アクセサリー工房Brisa

とんぼ玉アクセサリー工房Brisaの紹介

2007年5月取材
とんぼ玉アクセサリー工房 〜Brisa〜」 代表 : 金城 さん

とんぼ玉アクセサリー工房〜Brisa〜沖縄本島南部。沖縄県の中枢を担う数多くの機関が集中するこの地に、「とんぼ玉アクセサリー工房〜Brisa〜(ブリッサ)」はあります。工房名からわかるとおり、当工房では、とんぼ玉アクセサリーを中心に作られています。製作にあたられているのは、とんぼ玉作家であり、工房の代表でもある金城さんです。今回、当店で新たに当工房の作品を取り扱わせていただくことになったので、金城さんにいろいろとお話を伺ってみました。ちなみに、金城さんは、この工房をお一人で運営されて、約2年半になるそうです。

(以下、金城さん=、スローアイランド店長=


とんぼ玉アクセサリー工房〜Brisa〜

とんぼ玉アクセサリー工房〜Brisa〜

とんぼ玉アクセサリー工房〜Brisa〜

とんぼ玉アクセサリー工房〜Brisa〜

とんぼ玉アクセサリー工房〜Brisa〜

とんぼ玉アクセサリー工房〜Brisa〜
店: とんぼ玉作りを始めたのはいつですか?また、その理由(きっかけなど)は?

金: とんぼ玉との出会いは、某工房のガラス販売員として働いていた時です。職人さんが作るのを見て、かなり感動したのを覚えています。でも、その時は、自分がまさか道具まで揃えてとんぼ玉作りを始めるなんて、思ってもいなかったですね(笑) とんぼ玉作りを始めたきっかけは、工房の販売員を辞めて2年くらいたった時に、何かを作りたいと言う衝動にかられ、キラキラ光るとんぼ玉をアクセサリーにして、身近に感じていたいと思い、趣味で始めようと思ったのが、キッカケです!!

店: 工房名「Brisa」の名の由来はなんですか?

金: Brisaとは、スペイン語で、「そよ風」と言う意味です。心地よい風のように、私の作ったとんぼ玉をたくさんの人の手に届けられたらいいなぁ〜と願い、名づけました。スペイン語にしたのは、私の一番遠いお友達がぺルーに住んでいて、そのお友達にもわかるようにって思い、スペイン語にしました^0^

店: どのような思いや考えで(コンセプトなど)作品を作られていますか?

金: 気の向くままに… こんなとんぼ玉アクセサリーがあったらいいなぁ〜って思うものを作っています!! 今のところ、シンプルで、ナチュラルな感じの作品が多いですね!! 最近は、沖縄の色を考えながら作ったりすることもあります。作っている時は、この作品を手にとってくださる方が、幸せな気分になりますように!!って思いながら作っています。

店: 金城さんにとって、とんぼ玉とは何ですか?

金: とんぼ玉とは、子供のような、存在かな!?(分身?) そして… 自分自身を表現するもの。 お守りかな〜(笑)

店: 今後、どのような作品を作られたいですか?

金: 今と変わらず… 気の向くままに、これからも自分の感じたことを表現し、それを… たくさんの人に伝えていけたら、と思います!! そして…たくさんの方に共感してもらえるような作品を作りたいと思います!!

店: とんぼ玉作家としての夢などあれば、お聞かせください。

金: 将来的には、自然の多いところで… 小さな工房を建てたいです^0^

店: お客様へ一言メッセージをお願いします。

金: とんぼ玉を太陽(てぃだ)に照らして見たら… ほ〜んわかと、キラキラしてて… 見ているだけで、なぜか… 少しだけ優しい気持ちになり… そして幸せな気分になりますように…」 よんなぁ〜(ゆっくりと)作品を生み出していきたいと思いますので… 今後とも、よろしくお願いします。☆コノ出会いに感謝します☆ そして… 心から、ありがとうございました。

店: ありがとうございました。



以上、金城さんのお話でしたが、いかがでしたでしょうか? 金城さんのいろいろな思いが、すごく伝わってきますよね〜 Brisaの名のとおり、金城さんのとんぼ玉作品を見ていると、心地良いそよ風に包まれて癒されるような、そんな感じがします。シンプルなデザインや色使いのとんぼ玉ですが、それが反って、かわいらしさや美しさに繋がっていると思います。このページをご覧になられている皆さんも、Brisa金城さんの素敵なとんぼ玉を手にして、金城さんのお言葉どおり、幸せな気分になってください^^

糸満工芸陶苑

糸満工芸陶苑の紹介

2006年10月中旬訪問
糸満工芸陶苑」 代表 : 佐久間 栄 さん

糸満工芸陶苑
沖縄本島最南に位置する糸満市。工房代表の佐久間 栄(さくま さかえ)さんは、この糸満市生まれ。本土で陶芸修業を積まれたのち、糸満に戻り、糸満工芸陶苑(いとまんこうげいとうえん)を設立されました。工房は、ひめゆりの塔の近く、国道331号線から海側の道に入った静寂な地にあります。



工房の敷地に入ると、正面には高さ1m以上はあろうかと思われる大きなオブジェがどっしりと構えていて、訪問客を出迎えてくれます。
糸満工芸陶苑
糸満工芸陶苑


オブジェのすぐ右手には売店があり、数多くの作品をみることができます。また、売店の左隣には、工房があります。



売店内では、シーサー、食器、花器、酒器、壺類など、多くの作品が販売されています。
糸満工芸陶苑
糸満工芸陶苑


数多くの賞歴を持たれる佐久間さんの作品は、修業の地での影響でもあるのでしょうか、他とは一線を画するような絵柄が特徴で、とても個性的です。



こちらは工房内の様子。とても広々としています。現在は、ここでスタッフさん1名とともに、作陶に励まれています。
糸満工芸陶苑
糸満工芸陶苑



出番を待っている作品たち その1




出番を待っている作品たち その2
糸満工芸陶苑


 < プロフィール : 佐久間 栄 / Sakae SAKUMA >

1957年 沖縄県糸満市生まれ
1975年 愛知県瀬戸地方にて陶芸修業
1979年 愛知県窯業訓練校デザイン科卒業
1979年 瀬戸市内のノベルティ陶器会社意匠部勤務
1987年 糸満工芸陶苑設立
1990年 琉球王府織名苑復元工事 屋根瓦(花瓦)、原形製作
1991年 第13回現代沖縄陶芸展 銅賞・デザイン賞・奨励賞受賞
1992年 西日本陶芸美術展 琉球新報社賞受賞
1992年 第14回現代沖縄陶芸展 金賞受賞
1997年 日仏文化交流ベルサイユ祭り 展示部門に特別展示
1998年 第50回沖展 沖展賞受賞
2000年 陶21出品
2002年 ヤキモノチカラ展出品
2003年 現代沖縄芸術祭・オブジェコラボレーション
2003年 ヤキモノチカラ展出品
2004年 水の沖縄2004(あすむいフェスティバル)出品


糸満工芸陶苑

呂雨弥工房・與窯

呂雨弥工房・與窯の紹介

2006年9月下旬訪問
呂雨弥工房 與窯」 代表 : 與 宏文 さん

呂雨弥工房與窯

沖縄本島中部、読谷村。残波岬まであと数キロの場所に位置する、周囲を緑に囲まれ、ゆったりとした時の流れを感じられる穏やかな地に、呂雨弥工房・與窯(ろうみこうぼう・あたえがま)はあります。


当工房には、既に数回訪れたことがあるのですが、代表の與(あたえ)さんは、新参者の私でも、いつもあたたかく持て成してくださるので、恐縮しつつも、毎回その訪問を楽しませていただいています。
呂雨弥工房與窯
呂雨弥工房與窯

工房の外壁上には、いつも左の写真のように、與さんの作品が並べられています。台風の時以外は、ずっとこのままだそうで、過去に2・3回、盗難にあったとか^^;

工房の敷地内には、右の写真のような大きな壷も飾られています。ちなみに、これらの壷には、遊魚紋(ゆうぎょもん)と命名された魚の絵柄が施されています。写真では見づらいのですが、ちょうど青い線の中に魚が描かれています。
呂雨弥工房與窯
呂雨弥工房與窯


左の写真は工房内の様子。土から成形され乾燥中のものなど、製作途中の作品が数多く保管されています。


右の写真が作陶中の與さんです。陶芸をはじめられる前は、東京でバイク関連のお仕事に就かれていたそうで、現在も大型バイクを数台保有されている、かなりのバイクフリークです。
呂雨弥工房與窯
呂雨弥工房與窯
與さんの作品は、3種類の絵柄をベースに作品展開されています。上記4枚目の写真でご紹介した遊魚紋のほかに、魚文(ぎょもん)と銀河紋(ぎんがもん)があります。左の写真は、魚文の土瓶で、魚は、とんとんみー(トビハゼ)です。


ちなみに、遊魚「紋」、魚「文」、銀河「紋」の「もん」の字は、理由があって使い分けられています。右の写真が銀河紋のカップです。この絵柄は、特に外国の方に人気があるそうです。
呂雨弥工房與窯


それでは、與さんへのインタビューです。
(以下、與さん=、スローアイランド店長=

陶芸をはじめたのはいつですか? また、その理由、きっかけなどは?
小学校の頃から、工作とか、物を作ることが好きで、19才の頃、何かの物作り(職人)になろうと決めました。実はその頃、東京でバイク関連の仕事をしていたので、その後、沖縄に戻ってからは、バイク関連の仕事を探していたのですが、なかなか見つからず…。 そんな時、知人に壺屋焼の職人さんを紹介していただき、それがきっかけで陶芸をはじめました。実を言うと、それまでは、陶芸のことはまったくわからず、陶芸をはじめてから陶芸が好きになりました(笑)
「呂雨弥工房」の名の由来はなんですか?
実は、父親がフィリピンの人で、自分の名がフィリピン名でRomyというので、それを工房名にしました。本当は、Romyと書いてロミーと発音するのですが、多くの友達がロウミと呼ぶので、それをそのまま、漢字は当て字で、呂雨弥工房としました。ちなみに、與の姓は母方のもので、母は奄美大島の出身です。
どのような思い、考えで、作品をつくられていますか?
壺屋で修業したので、壺屋焼をベースとしつつも、自分らしさが出ている作品を作りたいと、いつも考えています。それが、現在のような作品となって表れているのだと思います。
個々の作品について、一言お願いします。
魚文:陶芸技法にイッチンという技法があって、それの応用編。わりと偶然に思いついた模様です(笑)
銀河紋:ロマン。宇宙へのあこがれ。
遊魚紋: 南の海を回遊する魚の群れを描いたもの。模様は違うが、銀河紋とも考え方が通ずることもある。ロマン。
先生にとって、やちむんとはなんですか?
物を作る楽しさだね。
今後、どのような作品を作られたいですか?
作品が大きく変わることはないと思いますが、今まで自分が築いてきたものを生かして、作品を作り続けたいと思います。物が出来あがると、その作品を見て、次はどういう風にしようかと考えますね。
どうもありがとうございました。


 < プロフィール : 與 宏文 / Hirofumi ATAE >

1952年 沖縄県恩納村山田生まれ 那覇市にて育つ
1972年 壺屋焼・陶工・島袋常恵氏に師事
1976年 読谷村にて呂雨弥工房與窯を開窯
1977年 82年まで福岡玉屋デパートにて毎年個展
1979年 タイ国に焼物の視察研修
1980年 沖縄三越・県内ギャラリーにて2・3年に一度個展
1980年 第3回現代沖縄陶芸展 奨励賞受賞
1982年 第5回現代沖縄陶芸展 奨励賞受賞
1984年 第7回現代沖縄陶芸展 デザイン賞受賞
1985年 第8回現代沖縄陶芸展 デザイン賞受賞
1990年 第12回現代沖縄陶芸展 デザイン賞受賞
1991年 第13回現代沖縄陶芸展 奨励賞受賞
1993年 第15回現代沖縄陶芸展 奨励賞受賞
1998年 第20回現代沖縄陶芸展 技能賞受賞
2005年 第27回現代沖縄陶芸展 奨励賞受賞
2007年 第29回現代沖縄陶芸展 奨励賞受賞

呂雨弥工房與窯



2007年12月 沖縄三越にて開催の作陶展の様子

去る12月4日〜10日の7日間、沖縄三越5階ギャラリーにおいて、「與 宏文 作陶展」が催されましたので、その時の様子を少しだけ紹介します。

呂雨弥工房與窯

呂雨弥工房與窯

呂雨弥工房與窯

呂雨弥工房與窯

呂雨弥工房與窯

呂雨弥工房與窯

呂雨弥工房與窯

呂雨弥工房與窯

呂雨弥工房與窯


呂雨弥工房與窯
與さん

青風窯

青風窯の紹介

2006年10月初旬訪問
青風窯」 代表 : 玉田 彰 さん

青風窯沖縄本島中部、残波岬と真栄田岬の間に位置する、美しい海を見下ろすことができる読谷村の高台の中腹に、青風窯(せいふうがま)はあります。工房の離れの2Fにはギャラリーがあり、数多くの作品をみることができます。そのほとんどをお一人で手がけられているという青風窯代表の玉田彰(たまだあきら)さん。その作品は、シンプルでありながら温もりがあり、また、随所に沖縄を感じさせてくれます。代表作は、やはり、2000年沖縄サミットの首里城夕食会に向けて作られた器でしょうか。玉田彰さんは、実は栃木県のご出身で、沖縄に移り住んで30年以上と、古くからの沖縄をご存知のかたです。そんな玉田彰さんに、お話を伺いました。

(以下、玉田彰さん=、スローアイランド店長=

青風窯

青風窯

青風窯

青風窯

青風窯

青風窯

青風窯

青風窯
店:陶芸をはじめたのはいつですか? その理由は? また、なぜ沖縄で?

玉:本格的にはじめたのは、25才からだねぇ。1975年から。理由はねぇ、昔から焼き物が好きだったから。(栃木県)益子の近くで生まれ育ったものですから、その影響もあり、中学生のころから焼き物が好きでねぇ。けど、職業に選ぶことはなく、焼き物をはじめる前は、東京で人形劇団に入っていたんですよ。それで23才の時、沖縄で公演があって、沖縄に初めて来たんだけど、沖縄の風土や文化に強くひかれてねぇ。また、焼き物が好きだったから、壺屋焼を見たんだけど、益子焼と雰囲気がすごく似ていてねぇ。だからこう、二重に縁があったっていうかなぁ。それで沖縄で焼き物をはじめようと思いましたね。


店:「青風窯」の名の由来はなんですか?

玉:今は、ここの周辺には家がたくさんありますけど、僕が来た頃は、家が一件もなかったんだよね。見渡す限り、山と畑だけだったんですよ。まわりに何もなく、そういうところが好きだから、この土地が気に入ってねぇ。それと、きれいな海がみえるでしょう。夏はすごいよぉ、真っ青でぇ(笑) それで、当時は、海から青い風が吹いてくるような感じがしたのね、本当に。だから、青風窯という名にしたんだよね。


店:どのような思い、考えで、作品(全体)をつくられていますか?

玉:それはねぇ、自分の気持ちの思うままだね。こういうの作りたいなぁと思ったら、それを作りますね。趣味とかこだわりはなく、自由だね。


店:でも、先生の作品を見てみると、随所に沖縄を感じられるものが多いように思えるのですが。

玉:それは多分、作るときに自然と入ってくるんだと思うよ。自分を縛るようなものはぜんぜんないし、縛るようなものは嫌だね。これじゃなきゃダメだとかはないね。何でもありだね。自分が作りたいものを作るためには、何でもあり。だから、土だってどこの土を使ってもいいと思うんだ、自分が作りたいものを表現できればね。だだ、沖縄には材料があるからね。だからそれらを生かすような結果にはなっているけれど。だから、これじゃなきゃいけないとか、これしなきゃいけないというのはないし、そういうものを持つべきではないと思っている。


店:玉田先生にとって、やちむんとはなんですか?

玉:暇つぶしかなぁ(大笑)というのは冗談だけど、自分のすべてかな。生き甲斐というか。


店:陶芸家としての夢などはありますか?

玉:自分の作品の美術館を作りたいねぇ。環境のいい、風光明媚なところにね。


店:最後に、お客様へメッセージをお願いします。

玉:まずは、どうもありがとうございます!という感謝の気持ちがありますね。それと、私の作品を気に入って買ってくださるかたとは、おそらく私と波長が同じなんだと思うんだよね。波長というかバイブレーションというか、そういうものを感じるね。だから、すごく親しみを感じる。自分の仲間っていうかなぁ、作品を通じて、自分の気持ちをわかってくれたという喜びっていうものがあって、それがとってもいいなぁと思うんですよ。だから、そういう気持ちを共有したいねぇ。


店:どうもありがとうございました!


 < プロフィール : 玉田 彰 >
1950年栃木県宇都宮市出身
1975年沖縄県那覇市壺屋 島袋常秀氏に師事
1980年沖縄県読谷村にて築窯
栃木県宇都宮市羅曼堂にて個展
1984年現代沖縄陶芸展デザイン賞・奨励賞受賞
1985年現代沖縄陶芸展奨励賞受賞
1986年沖縄県工芸公募展奨励賞受賞
1987年現代沖縄陶芸展入賞
1988年現代沖縄陶芸展デザイン賞・奨励賞受賞
1989年第9回高江洲康宣賞受賞
1990年現代沖縄陶芸展金賞受賞
課題の部奨励賞受賞
1991年沖縄県工芸公募展優秀賞受賞
現代沖縄陶芸展銀賞受賞
1992年沖縄県工芸公募展優秀賞受賞
現代沖縄陶芸展銀賞受賞
課題の部奨励賞受賞
高江洲康宣賞受賞
1994年現代沖縄陶芸展無鑑査推挙
沖縄三越デパートにて個展
2000年主要国首脳会議・沖縄サミット首里城夕食会の
器を製作






青風窯

朝日陶器

朝日陶器の紹介

2007年9月初旬訪問
朝日陶器」 代表 : 山入端 義政 さん

朝日陶器

沖縄本島中部に位置する中城村。海から少し内陸に入った宜野湾市に程近い場所に朝日陶器の本社はあります。さすが設立30年をこえる老舗だけあって、社屋はとても立派です。



敷地内には売店が併設されており、一般の方もお買い物ができます。
朝日陶器
朝日陶器


売店内には大小さまざまな数多くのシーサーたちがずらりと並べられています。こちらは素焼きシーサーのコーナー。



素焼きシーサーのみならず、面シーサーや色付けされたシーサーも多数あります。
朝日陶器
朝日陶器


敷地内には、いたるところにシーサーや甕などが置かれています。



なんだか、日に当たってポカポカと気持ち良さそうなシーサーたちですね(笑)
朝日陶器
朝日陶器


以上、簡単ですが、朝日陶器さんの紹介でした☆

匠工房

吹きガラス匠工房の紹介

2007年3月訪問
吹きガラス匠工房」 代表 : 松田 英吉 さん <沖縄県認定工芸士

匠工房

沖縄本島中部、うるま市。ここに匠工房はあります。実はこの建物は新工房で、もともと読谷村にあった工房が今年こちらに移転してきました。さすが新工房だけあって、敷地・建物ともに大きいです。




工房では、たくさんの職人さん達が働いています。
匠工房
匠工房


工房に併設されている売店の概観。いい感じです。



売店内に入ると、白を基調としたインテリアで、とてもきれいです。
匠工房
匠工房


見やすく陳列されており、すてきな作品たちがより引き立って見えます。




こちらにも、

匠工房
匠工房



あちらにも、
たくさんの作品と出会うことができます☆





< プロフィール : 松田 英吉 > 沖縄県認定工芸士

1962年
1981年
1990年

1995年
1996年
1998年
2000年

2001年
2001年
2002年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2009年
沖縄県恩納村に生まれる
琉球共栄ガラス工房に入社
琉球共栄ガラス工房を退社
仲間6人で「吹きガラス工房 燦」を読谷村楚辺に設立
第47回 沖展 入選
第48回 沖展 入選
第50回 沖展 入選
吹きガラス工房 燦を退社
「吹きガラス匠工房」を読谷村座喜味に設立
第53回 沖展 入選
第1回 沖縄市工芸フェア工芸展 入選
第54回 沖展 入選
第2回 沖縄市工芸フェア工芸展 沖縄市議会議長賞受賞
第55回 沖展 入選
第56回 沖展 入選
匠工房恩名店を恩納村冨着に設立
第4回 沖縄市工芸フェア工芸展 入選
匠工房石川店をうるま市石川に設立(読谷村より移転)
2008年度沖縄県工芸士認定

やちむん工房ken

やちむん工房kenの紹介

2008年9月中旬訪問
やちむん工房ken」 代表 : 比嘉健雄 さん

やちむん工房ken
沖縄本島南東部。2006年1月に、旧佐敷町、知念村、玉城村、大里村が合併して誕生した南城市に、「やちむん工房ken」はあります。工房は、緑多い閑静な住宅地内にあり、そこではゆったりとした時が流れています。



工房代表の比嘉さんは、やちむん作りを始めて今年で6年目とのことで、現在は、奥様とお二人で工房を切り盛りされています。
やちむん工房ken
やちむん工房ken


工房内には、ろくろを中心に作業台が配置され、さまざまな工作機械類が随所に置かれています。



こちらの棚(右の写真)には、完成した作品たちがたくさん陳列されています。シーサーをはじめ、花器や雑器類など、いろいろあります。
やちむん工房ken
やちむん工房ken


作品の中には、高さ30cmほどもある大きなシーサーや、左の写真のようなこわい顔をした迫力あるシーサーもあります。



出番を待つ試作品(焼成前の状態)。
いい味だしてますね〜^^


11/7追記:
楽シーサーペア前として販売開始!
やちむん工房ken



以下は比嘉さんへのインタビューです。(※比嘉さん=、スローアイランド店長=

やちむん作りをはじめたのはいつですか? また、その理由(きっかけなど)は?
やちむんをはじめて今年で6年目です。きっかけは、もともと何かを製作するのが好きだから、ですかね。初めて製作したシーサーは、面タイプの表札シーサーでしたが、材料はセメントを使用し、ペンキで色付けしていました。うんな焼の師匠との出会いは偶然です。たまたま遊びに来ていた従兄が知り合いで、紹介してもらいました。
工房名の由来はなんですか?
やちむん(焼き物・陶芸) 工房(作り出す) ken(ニックネーム)
やちむん工房kenは、この考えでつけました。
どのような思いや考えで(コンセプトなど)、作品をつくられていますか?
購入してくれたお客様が「かわいい〜!」、「買って良かった〜♪」って喜んでくれる事を想像しながら、作品をつくっています。
比嘉さんにとって、やちむんとはなんですか?
自分の思い描いたアイデアを形に出来る世界!
人の笑顔(癒しや魔除け)
人とのつながり。ちょっと大げさですけど(笑)
今後、どのような作品を作られたいですか?
これからもシーサーがメインですが、日用雑器やインテリア品(ランプ)、龍やレリーフを多く製作して行こうと考えています。 
作家としての夢などがあれば、お聞かせください。
自分の力量を試す為に、芸術品と言える作品を製作してみたいですね。
どうもありがとうございました。



< プロフィール : 比嘉健雄 Kenyu HIGA >

1967年
2002年
2003年
2003年
沖縄県旧島尻郡大里村生まれ
うんな焼 新里氏に師事
やちむん工房ken設立
マンション・ディアコート城間
オリジナルシーサーネームプレート、
マンション・ロゴ入り透かし彫りランプ設置

現在に至る。
やちむん工房ken

ちむどぅん窯

ちむどぅん窯の紹介

2009年5月中旬訪問
ちむどぅん窯」 代表 : 瑞慶山 良貴 さん

ちむどぅん窯
沖縄本島南部に位置する浦添市。那覇市と隣接し、那覇市のベッドタウンとしても栄えるこの地に、「ちむどぅん窯」はあります。

左の写真は、工房入口。


工房代表の瑞慶山さんは、やちむんの老舗工房にて8年間修行され独立された新鋭の若手職人で、ちむどぅん窯も今年4月に開業したばかりの新工房です。現在は、奥様と職人1名の計3名で、工房を運営されています。
ちむどぅん窯
ちむどぅん窯

上の写真は、工房内の棚。乾燥中のシーサーがたくさん保管されています。

左の写真は、入口からみた工房内の様子。



右の写真は、工房の奥から入口にむかってみた様子。いろいろな機械類が設置されています。
ちむどぅん窯



左の写真は、シーサーを製作中の瑞慶山さん。



右の写真は、シーサーを焼き上げる窯。
ちむどぅん窯



以下は瑞慶山さんへのインタビューです。(※瑞慶山さん=、スローアイランド店長=


シーサー作りをはじめたのはいつですか? また、その理由(きっかけなど)は?
22才の時からなので、今からだと9年前になります。物作りが好きだったので、こういう職に就くのが昔からの夢でした。朝日陶器という沖縄でも老舗の窯元があるのですが、僕はそこで焼き物を一から学びました。求人誌を見て「これだ〜!」って、とても感激したのを憶えてます。
ちむどぅん窯の名の由来はなんですか?
沖縄方言で「ちむ」は胸、「どぅん」はその鼓動を意味します。
人々が、胸打つようなシーサー造りを目指して、工房名を「ちむどぅん窯」と決めました。
どのような思いや考えで(コンセプトなど)、作品をつくられていますか?
ちむどぅん窯では、主にシーサーをメインに造っていて、原料の土は沖縄県うるま市石川から採れる赤土を使用しています。魔除けとして邪気を追い払い、いきいきとした、生命感にあふれたシーサーを造っていきたいです。
瑞慶山さんにとって、シーサーとは何ですか?
沖縄でシーサーは、ほとんどの民家の門柱に置かれていて、子供の頃から毎日目にしていました。その頃は魔除けとして見ていたので、少し怖い存在でした。でも実際、自分でシーサーを造ってみると、何というか愛着が湧いてきて、いろんな表情にも見えてきてとても面白いです。
今後どのような作品を作られたいですか?
シーサーは置く場所でサイズが変わるので、これから各種サイズを増やせていけたらな、と思っています。またシーサー以外の雑器類も少しずつ加えていく予定です。 
最後に、お客様へ一言メッセージをお願いします。
ちむどぅん窯の作品は、ひとつひとつ丁寧に造っていますので、きっと満足してもらえると思います。これからも、どうぞよろしくお願いします。
ありがとうございました♪



< プロフィール : 瑞慶山 良貴 Yoshitaka ZUKEYAMA >

1978年
2000年
2009年4月
沖縄県国頭郡金武町生まれ
朝日陶器 入社
ちむどぅん窯 設立
ちむどぅん窯